2011年08月14日

昆虫食×女装小説 第1.5弾 「クシザシ少女」

昔書いたもののリメイクです。
現在の私を構成している成分と掛け合わせたらこんな感じの仕上がりに≪笑≫
昆虫食成分に関してはやや「?」なところがあるので、

昆虫食小説1.5弾ということで m(_ _)m




『クシザシ少女』  朱時卍時





 2000年のクリスマスの晩、一人の少女が宙を舞った。


 東京秋葉原ラジオ館の殺風景な屋上の端で、外面と内面のコントラストに吐き気を催しながら、自身の行く末を考えに考えた結果だった。やり場のない憤りの混じった虚しさが、彼女の背中をグイと押した。



 いらっしゃいませご主人様
 おかえりなさいませお嬢様 



 反吐がでるローテーション。反復と再生。形だけ、上辺だけの、記号化されたゴス。思想のないファッションと、それに追従する堕落した少女の微笑み。

 それらが自身を浸食してくる。彼女らと自分は違うと、差別化し、意識する。彼女たちはそれによって次第に、自分の無意識の領土へ、土足でもってして踏み込んでくる。浸食と言うより侵略。マジョリティに従わせんとする社会の暴力。迫害。マイノリティの排除。理解できるものへの強引な転化。カテゴライズ……etc。


 私は決別しなくてはならない。断固とした決意と純潔をもってしてこの物語を噤じなくてはならない。


 少女の躰が宙で踊った。電灯に和らげられた闇と街の狭間で彼女は束の間の静止と静寂を得た。
 微笑を湛え、無限の一瞬を泳ぎ、大きく広げた両手を翼に変え、薄闇に浮かぶ氷月の青白き香りが眼孔を射抜くのを全身で感じ、打ち震えた。

 少女の背中からは風が吹き始めた。髪が逆立ち、フレアのふんだんに入ったスカートは、視界の端で、激しく揺らいだ。最期にふさわしい晴れ着。普段の安っぽい仕事着ではなく、Black Peace Now の黒き法衣。気高き死に装束は今月稼いだバイト代を全てつぎこんで揃えた。袖を通すのはこれが最初で最後。


 この漆黒の衣装に咲くであろう鮮血の薔薇はどれほど美しいのだろう。私はこの時間軸、空間座標にその図を刻み込んで、永遠の標本少女となって、聖夜、虚無の世界へと旅立とう。マルキド・サド、渋澤龍彦、三島由紀夫、土方巽、巌谷國士、寺山修司、ジャン・ジュネ、岸上大作、ポンパドール夫人も旅立っていったあの世界へ……。


 背中から吹く風は一層強くなった。宙を覆った闇から遠のき、無数に散らばる神々の子供たちの輝きに照らされていた躰は、ケバケバシい電光看板の、卑しさに満ちた光線によって照らし出された。

 視覚的、強姦。そんな言葉が脳裏をよぎった。


 こんな低俗な光にまみれて死んでいくの? これが私の最期に看る世界? 嫌嫌嫌嫌、下衆の街……。


 でも、これでいい。これがいい。


 私を受け入れ、裏切ったこの街へのささやかな反抗。アンチテーゼ。私はこの街で死に、廉価なゴスの思想に自らを売り、売春婦へと墜ちていったメイド少女達の代表として死のう。そして、彼女たちの思想的革命の礎となろう。
 
 少女は自ら犯した陋劣の所為とこの身を包む落下運動の類似性を想い、自嘲気味な笑みを浮かべると、背に吹く風を愛おしく感じた。


 グッド・バイ


 そんなとき、野分めいた強いビル風が吹いた。少女の小さな躰は揉まれ、回転し、街の明かりと星月の煌めきが交互に現れ、融け合って、光の縞と闇の間が交錯した。


 もうすぐ、地面に着くはず。目が回る。気持ち悪い。どっちが上で下なの? 今、私はどんな体勢なの? はしたない恰好かもしれない。それは嫌。それと、顔から墜ちてしまうのも嫌。死に際は美しくなくては。そうでなくてはいけないの。


 少女はすでに激しくなりつつある回転運動にあらがおうとしたが無意味だった。自然の力というものが想像以上に強力であり、無慈悲であることを、彼女はこのとき初めて知った。そして気づいていなかった。僅かではあったが、自身の肉体が地面に対して直角に墜ちているのではなく、風に流されていることを。


 やがて「ぷすう」という、どこか間の抜けた音とともに激しい衝撃が全身を襲い、回転は止まった。

 少女は瞑っていた眼を開けた。冥府魔道、平坂のどの場所に自身が墜ちたのかを確かめるために……。
 だが、薄く開いた瞼の狭間から入り、網膜に映った像は、他でもない、あの卑しい光を放つ看板と秋葉原の街だった。看るに耐えないこの世の光景。


 何故?


 突如走った熱い鈍痛から腹部へ眼をやると、その途端、少女の頭脳は混乱した。見たことのない構図だった。
 何かが生えている。いや、刺さっていた。細い金属の棒が腹部から背へ抜けているのが感覚でわかった。
 煤けた銀色の冷たい棒に一筋の紅い血が伝う。
 眼下に広がるは街並み。ビルの汚れた屋上。そして、ビルの屋上と自分とを繋いでいる不詳の鉄棒。根元に密集し固まっている有機的なケーブル、プラグ群はこの棒を補助するものだろうか。

 そこまで考えて彼女は理解した。

 自分の躰が避雷針に貫かれていることを。地面の代わりに隣のビルの避雷針に激突してしまったことを。
 
 一瞬蝶の標本のイメージが浮かんだが、痛みですぐに掻き消え、より肉感的な、串刺し、拷問、見せ物小屋といった痛覚、嫌悪の伴う言語に変換されていった。
 BBQ、シシカパブ、焼き鳥。彼女が幼少期に好んで食べた食品も連想されたが、いずれもこの状況下において何の慰みになるわけでもなく、吐き気を催す以外の何物でもなかった。ましてや、そうした食物を想起させる状態自体が、より想像を悪い方へと導いて、BBQ然とした躰をカラスをはじめとする鳥類、虫類が貪り喰らい、生きたまま死体へ変じていく、といったおぞましい死へのビジョンを発展させるのだった。美しくない死。それほど恐ろしい死の可能性がこれほど身近に潜んでいるとは夢にも思わなかった。都会にもカラスはいるし、ウジも湧く。腐乱の香りに包まれながら死んでいくかもしれない。

 けれど少女はそうした恐怖の一方で、場違いな虚しさを覚えていた。

 せっかく晴れ着を着たにも関わらず、こうして避雷針に貫かれたまま死んでいくの? お腹のあたりが破けてしまってもう着れそうにない……。しかも屋上の状態からして手入れを普段から行っているビルではなさそうだし、下手をしたら誰にも見てもらえないかもしれない。ビルの屋上の避雷針にゴスロリ少女の遺体が刺さっているなんて誰が思うだろう。きっと私が死んだことにも気づかれない。虚しい。死の覚悟をもってしてもこの世界に抗議の声さえ上げることが出来ないなんて。

 少女は神を恨んだ。
  
 と同時に、自身の行動が、これもまた偽りであったことを恥じた。
 商業的なゴスの扱いに不満があったことは確かであり、ゴス系のメイド喫茶でバイトをしている自分と根っからのゴス好きな自分に温度差を感じていたことも、ゴス服を萌として受け入れてくれる秋葉原をありがたく思う反面、低俗な価値観の街と蔑む感覚があったことも事実だった。けれど、ゴス好き故に、ゴスの意識を、ゴスを愛する少女達に覚醒させるべく死ぬというのは、偽りだった。「ゴスまみれ」の後付けにすぎなかった。


 彼女が彼女であろうとする事が許されているのはこの街だけだった。ゴス服を着てメイド喫茶で働くことが夢だった少女は、他でも「少女」であることを求めた。彼女にとってはそれが自然なことだったし、そうでなくては閉塞感に始終悩まされることは目に見えていた。だが、周りはそれを許さなかった。少女は少女であってはいけなかった。

 半年前から、少女は両親と喧嘩をしていた。自身が少女であることを望み、少女として高校へ通うことを求めたのが原因だった。
 願いは叶わなかった。両親は嘆き悲しみ、怒り、異様な剣幕で二度とそんなことは言うな、とだけ言い、喧嘩をする度に彼女を殴った。
 両親は、彼女が彼であることを望んだ。
 彼女は「彼」であることを受け入れられなかった。


 だから死のうと思ったのだ。半年我慢したけれど何も変わらない世の中に絶望したから。来世では少女として生きることが出来るように。そして、死に際だけは美しく、儚い、ゴスを愛した一人の少女として死ねるように、設定を創り込んだ。


 なのに、ただ人知れず死んでいく。完璧なまでの服装コーディネイト、メイクもバッチリメイクにして、苦手なツケマツゲまでつけたというのに。おそらく発見された時は女装した奇妙な腐乱死体として扱われるのだろう。警察官は「変態」の遺体を、笑いを堪えながら搬送するのだろう。

 そう思えば思うほど、少女は今の自分が恥ずかしくてたまらなかった。このまま死んでいくことに耐えられなかった。例え女装にしても、最期くらいは少女らしく死にたかった。女装メイド喫茶で働く、メイドの格好をした、ただの女装好きな少年というくくりではなく、一人の少女として死にたかったのだ。


 それさえ……叶わないの?


 少女はため息をつき、死に直すことが出来るか確かめるため、鉄棒に両手を這わせると力を込め、体を押し上げようとした。
 微塵も動かなかった。少しでも少女に近づけるよう、筋力を落とし続けた結果だった。提灯袖に包まれた腕を、握力14キログラム、ダンベルの限界4キログラムにした成果だった。

「は、は、は」 

 少女の口から自然と笑い声が漏れた。

 少女として死ぬのに失敗し、かといって男の筋力もないから死に直すことも出来ない。なんとも皮肉な状況へ向けた、乾いた笑い声だった。


 ならばこのまま死んでいく? 
 この鳥葬を受け入れるの?


 それは嫌だった。
 どうにかして生きて、死に直さなくてはならなかった。

 避雷針に刺さってから三日が過ぎた頃、少女は何も考えなくなった。冬の乾燥した気候によって水分不足になったこともあり、意識が朦朧とし始め、食べたい、飲みたい、眠りたいという動物的欲求に精神の殆どを支配された。



 四日目の朝、少女は目の前に蝶が飛んでいるのを見た。夢幻の類かと思ったが、それはフラフラと飛び回り、少女の指に留まった。確かに存在していた。死にかけの冬の蝶。羽がささくれた、薄汚いアゲハチョウだった。

 似てるから、同情してくれたの?

 そんなことを思ったが蝶は無言で、代わりに羽を開け閉めして、無愛想にストロー状の口を巻き直した。

 無数に集合した蝶の眼と視線が合って、
 食べてもいいよ。

 そんな風に言われた気がした。

 逃げる様子もない蝶を指で摘むと、少女はゆっくり口へ運び、味わった。鱗粉がやや粉っぽかったが、軽やかな、それでいてコクのある、カシューナッツに似た風味は、空腹の少女にはたまらないご馳走だった。



 その時から、少女のもとには何故か死にかけの鳥やコウモリ、虫達が集うようになった。
 自分達より哀れな少女に、彼らはせめて自らの亡骸を食べさせてやろうと思ったのだろうか。

 少女はそれをありがたく受け入れた。自分の手で彼らにとどめを刺し、食す。それを幾度も幾度も繰り返し、彼女は何とか日々の命を繋いでいった。鳥へも、コウモリへも、虫達へも感謝して、命をいただいた。



 日々、足下に溜まっていく、食べ終わった虫や鳥、コウモリの死骸。少女は見るものも他になく、いつ訪れるとも知れない死について想いを巡らしながら、それらを見つめた。


 羽が散り、肉は削げ落ち、腐り、虫が湧き、骨が現れる。彼らと私、どこが違うというのだろう。ここで死んだら私もきっとこの輪の中に取り込まれる。今まで私に食べられてくれた子たちと一緒に骨になる。なにも変わらない。美しさも、耽美さもないし、醜さもない。ただあるのは死という一つの瞬間的な現象であって、後は朽ちていく。美しいか否かは観測者の視点の移動に他ならない。死なんて何にもなりはしない……。


 二週間が過ぎた頃、地上の騒がしさに少女は眼を醒ました。群衆が群がり、こちらに向かって指をさしていた。
 屋上の錆び付いた扉の方から階段を駆け上がる音がする。少女は嬉しくてたまらなかった。助けてもらえる。生きられる!
 そう思った瞬間に、少女はスカートのポケットに入れてあったコンパクトミラーを手に、急いで前髪を整えた。
 扉に手が掛かった音がした。

 もう、すぐそこに救助の人が立っている!

 突風が吹き髪が乱れ、彼女は思わず叫んでいた。


「ちょっと待っててください!」



≪了≫




あまり昆虫食要素も女装要素もなくてゴメンナサイですが、こんな感じです。

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posted by 朱時卍時 at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 昆虫食小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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