2012年05月01日

19歳

寺山修司の詩『19歳』になぞらえて、

自分の人生をふりかえってみようと思う。

ちょっとした告白。

そう、これは朱時卍時の『19歳』


5歳の時、わたしは好きな人にキスすることを知った。
父親の唇を奪おうとして、叱られた。

10歳の時、わたしは自分が男の子であることを知った。
納得いかずに、女装を始めた。

15歳の時、わたしは自分を探しにでかけた。
行き先が運悪く、迫害を受けることになった。

17歳の時、わたしの中で狂気が光った。
男でいるくらいなら死んでやろうか。
だが、先に死んだ友人がいたのでやめた。

19歳の時、わたしはホルモンを摂取し始めた。
オーバードーズに陥って、死にかけて、
たしなむ程度に留めることにした。

わたしはいま、適度に女装し、自分を納得させている。
社会との折り合いはせいぜいこんなもんなのだろうと、
ある種諦めてもいる。

だが、

それはわたしが求めた結果ではない。
周りがわたしに求めた結果に過ぎない。

いや、わたしはそう思うことにして、
やはり自分を納得させているだけだろう。

自分をさがしたところで、
自分なんてものはないだろうが、

見つからないだろうし、
それはスカイフィッシュの死骸みたいなものだろうし、

けれど、
わたしが何者であるかという旅の答えは
いまも
どこか

遠くの星の間を駆け巡っているような気がしてならない。

それがそうであると思い込みたいだけなのか否か、
私自身もよくわからない。

ただ、時折そのことを考えるたび、

ひどく胸が詰まるような思いをするだけだ。
posted by 朱時卍時 at 13:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 告白 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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