2010年05月15日

「儀式」

「儀式」
                            朱時卍時 

 人殺しなんてしてはいけない。そんなことも分からない人間達が一国の頂点に立ってきた。
だから民衆は、代表に儀式を与えてやることにした。
 「割礼」、その儀式を国民はそう呼んだ。もっとも割くのは陰部などではなく、多くの場合腹部や頭部であることがほとんどで、何日も長引かない箇所が好まれるのが通例であった。
 そんなわけで総理大臣候補者、夢野文次郎は今、崖っぷちに立たされていた。
割く場所を間違ってしまったのだ。もともと狙っていた心臓をそれて、妻の二の腕をそぎ落としてしまった。絶叫し、大量の血液を乾いた地面に吸わせながら、千切れて砂をかぶった左の二の腕を妻は拾いに行った。砂の衣から覗く断面に、黄褐色の脂肪細胞がちらついた。
「最近、振袖みたいになっちゃってぇ、ジムにでも行こうかしらぁ」
 そう言っていただけの事はあり、妻の二の腕は肉屋で見かけてもまず買わない脂肪の含有率だった。それを拾い上げ、悶え、地の上を転げ、文次郎より13歳も年下の美しい妻は血と土にまみれた。二の腕のあった場所から上腕骨を覗かせ、上腕三頭筋の筋繊維が何本かがだらりと垂れ下がっている状態で彼女は夫であるはずの男の顔を見た。
 泣くでもなく、睨みつけているわけでもなく、悲しそうな顔がそこにあった。化粧もなく、今は砂にまみれているだけだが、この女が笑ったらどれだけ美しいか、素晴らしいかということを誰よりも文次郎は知っているつもりだった。
 ここでやめておけば妻の命は助かるかもしれない。
 そんな思いが彼の心を惑わせた。選挙に出ると決めたときから、いつかはこんな時が訪れると彼女は知っていた。しかし、それを許し、彼女は応援してくれたのだ。
「刺されて死んでもみっともなくないようにダイエットしなくちゃね」
 笑いながら二の腕ひねり運動をしていた彼女はそう言っていた。運動の効果はあまりなかったようだが、その心持が文次郎にとってどれ程心強かったことか。
 妻は願っている。自分を夫が殺してくれることを。
 この国の礎に自ら身を投じることを。
 文次郎は獲物のタコ引き包丁を持ち直し、切っ先を妻に向けた。
 前に進むためには彼女を殺さなければならない。決別しなければならない。
 彼は震える腕を押さえ、彼女から切っ先をずらした。力が腕から抜け、包丁が地面に落ちた。
「……ハーレルヤ、ハーレルヤ……ハレルヤ、ハレルヤ……」
 妻が、ハレルヤを歌っていた。文次郎の大好きな歌を歌っていた。
 甲高い澄んだ声がコロッセウムに響いた。
 文次郎は包丁を拾い上げ、彼女を見つめた。もう怖くはなかった。恐れるものなどなかった。
彼女に「許された」だけでなく「祝福」されたのだから。
 包丁は彼女の胸の中に吸い込まれていった。心臓には刺さらなかったらしく、彼女は口から血の泡を吐いた。祝福の歌声は止み、誰も声を上げなかった。
 ゆっくりと倒れる彼女の体を抱きしめて、文次郎は静かに、激しく泣いた。50を越えた男の、崩れに崩れた泣き顔が全国中継でお茶の間に放映された。
「……ごべでいい……の……」
 妻はそう言ったきり、文次郎の顔を見つめたまま、鼓動を止めた。
 彼女を殺し、文次郎は総理大臣になることが出来た。
殺人の重さを知った総理大臣はボタン一つで大量殺戮をおこなうような兵器の製造や戦争を行うことは決してなかった。さらに、軍隊を持ち、争いあう国々の首脳に堂々と反対の意見を言い続けた。
「貴方達は最愛の人を殺したことがあるのですか? その重さを知っているのですか? 私は知っています。貴方達はその重さも分からないで無差別に大量の人を殺すのですか?」
 どんなサミットでもそう言う総理大臣の言葉に、他の国の首脳たちは黙り込むだけだった。
 「割礼」がこの国を変えた。上に立つものを変えたのだった。
のち、この儀式は23世紀に入って「最も非人道的かつ最高の政治的儀式」と評価された。

(おしまい)
posted by 朱時卍時 at 12:48| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

手始めにひとつ

「ナマケモノ市場」
                        朱時 卍時 

「5000!」
「6000!」
「1億!」
「1億でました! それ以上は!? いらっしゃいますか? いらっしゃいませんね!? ではあちらの方に落札ぅうう〜ッ!」
 高名なオークションハウスであるサウザビーズで落札価格一億ドルとなった品は、見るも奇怪なものであった。果たしてコレが違法なものと見られるのか、はたまた超一級の芸術作品と見られるのか、オークションハウス、落札者を始め、世間の注目するところはその一点のみだった。つまり、これが人身売買に当たるかどうかという一点においてだ。
 2016年5月26日、この日、サウザビーズにベルリン出身の芸術家バルト・石原が持ち込んだものは異様だった。いや、異様といっても傍目には、バルトの横に生気の無い青年がただ突っ立っているようにしか見えなかった。
「彼を出品したい」
 サウザビーズの職員の前で彼は一言そう言った。
「:::は?」
 職員達には初め、バルトの言うことが理解できなかった。だが、バルトがその理由を語り出すや、職員達は目を白黒させ、あるいは何度も相槌を打ちながら徐々に理解を示し始めた。
「――つまるところ、彼は無生産なのだ。私は彼ほど無生産性に満ちた、いや、無生産そのものの人間に出会ったことが無かった――」
 バルトは彼の着ているフリースを突いて言った。
「このフリースだってもう2年3ヶ月は着ている。別段、動くような事もしないから汗をかかないのだ。現代アートが無駄なものをわざわざ追求しているというのに! 彼はすでに!」
「:::すごい! なんと無生産な! :::これぞアートだ!」
 バルトの口調に乗せられて、職員達は感嘆の声を上げ、直ちに出品の手続きをした。
 バルトが有名であったこと、サウザビーズがまともに取り合ったこと、その出品内容が多くの人間の目を引いた。当然ながら人権保護団体が彼を解放するように求めたが、当の本人である相川勇介は持ち前の無生産ぶりを発揮して、突き放した。
「:::いや:::そういうの:::いいから」
 かくして、本人希望の出品であるという事実が世間に知れ渡るところとなった。
 オークション後、バルトは「月間ベルジュラック」にて次のように語った。
「正直、新宿でユースケに出会ったとき、これだ! と思った。その時彼は、やっぱりフリースを着ていたんだけど、ずれたカツラをかぶってハイヒールを履いていたんだ。メイクもしないで女装して、死んだボラみたいな顔をして歩いていた(笑)。何してるの? って聞いたら仕事は何もしていないみたいだし。それは趣味なのって聞いたら、意味なんか無いと言う。衝撃だったね。私は戦争で生きる目的を失った人間は何人も見てきた。だが彼の場合は、何というか、ナチュラルに、生きるという本能に近い部分さえ失っていたんだ。まさにアートだよ――」
 この記事が掲載されてからオークションの世界が変わった。誰が出品するでもなく、自ら進んで出品される輩が現れたのだ。皆、口々に自分達が「無生産だ!」と叫んでやって来る。世界中のニートに陽が当たる時代が訪れた。
 今やオークションハウスは異名を持った。そして以前にまして管理が面倒くさいものを扱うようになった。ただ、それでもそこはサウザビーズ、「ナマケモノ市場」は今日も賑わっている。

                        〈おしまい〉


※著作権は朱時卍時が所有しています。
恥ずかしいので著者に断りのない引用やら複製やらを禁じます。
posted by 朱時卍時 at 16:43| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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